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田中章 (野球) : ミニ英和和英辞書
田中章 (野球)[たなか あきら]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [た]
 【名詞】 1. rice field 
: [なか]
 【名詞】 1. inside 2. middle 3. among 
: [しょう, あきら]
 【名詞】 1. (1) chapter 2. section 3. (2) medal 
: [の]
 【名詞】 1. field 
野球 : [やきゅう]
 【名詞】 1. baseball 
: [たま, きゅう]
 【名詞】 1. globe 2. sphere 3. ball

田中章 (野球) : ウィキペディア日本語版
田中章 (野球)[たなか あきら]

田中 章(たなか あきら、1944年7月20日 - )は、千葉県出身の元プロ野球選手ポジション投手
== 来歴・人物 ==
千葉経済高等学校では1961年夏の甲子園県予選準々決勝に進出するが、成田高に敗退。翌1962年夏も県予選準々決勝で習志野高に敗れ、甲子園には届かなかった。卒業後は日本通運に入社。1964年第35回都市対抗野球大会では2勝をあげ決勝に進出。決勝でも先発し、日本コロムビア近藤重雄投手と投げ合い0-2で快勝、チームを初優勝に導き橋戸賞を受賞した。1967年1968年日本産業対抗野球大会では2年連続して敢闘賞を獲得。1967年には社会人ベストナインに選出される。チームメートに同年齢の竹之内雅史がいた。
1968年のプロ野球ドラフト会議読売ジャイアンツから2位指名を受け、プロ入り。主に中継ぎとして2年間プレーした後、1971年広野功浜村孝とのトレード高橋明梅田邦三と共に西鉄ライオンズへ移籍。チーム名が太平洋クラブライオンズへ名称が変わった1973年には初めて2ケタ勝利を挙げ、翌年は12勝9セーブを記録するなど中心投手として活躍した。
1976年大洋ホエールズへ移籍、翌年限りで現役を引退した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「田中章 (野球)」の詳細全文を読む




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